アーカイブ

日本への留学は憧れ

私にとって日本への留学は憧れでした。夢をいっぱい描いて、日本行きの飛行機に乗りました。ところが、現実の留学生活は夢のようにはいきませんでした。私の学業のことよりも、日本語がまったく話せないうえに、日本での知人がひとりもいない妻の日本生活への適応や、何よりも娘たちの保育方針の選択に悩まされました。2人の娘はどちらも日本生まれです。長女のほうは、1歳から日本の保育園に通いはじめました。ところが、3歳になっても、日本語をしゃべることができない。それだけでなく、ある一時期、母語である韓国語もできなくなってしまったのです。口からなんとか音は出るのですが、それが言葉にならないのです。当時、私は大学院の博士課程で幼児心理学の研究に打ち込みながらも、時間のあるときは努めて娘たちと楽しく遊ぶようにしていました。それなのに、どうしてそんなことになってしまったのか、理解に苦しみました。その一方で、「それほど深刻に受けとめなくても、娘はまだ幼いのだから、そのうち、事態も好転するだろう」という気持ちもどこかにありました。ところが、日本の保育園の先生方の受けとめ方は違っていました。

[関連情報]
保育士の資格詳細
http://www.seitoku.jp/kttcsu/