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少女期に科学から疎外

一部の女性は少女期に科学から疎外され、女性は科学的方法に匹敵する独自の非直線的で直感的な理解の方法をもつと主張する。創造的な科学的仮説にも直感と霊感が重要な働きをするが、それでも科学的検証は必要である反科学的なフェミニズムは、フェミニストの私にとって特に受け入れがたい。女性が科学の世界に参入するのに何年も戦ったのちに、今一部の女性が顔を背けようとしているのは皮肉なことだ。女性は科学から疎外されるままではいけないし、ましてやその分野を放棄すべきではない。そうではなく、女性が科学から疎外されることの最も多い時期、小学校の低学年かそれ以前に、彼女達が科学に興味をもつようにするべきだ。女性は、科学と数学は少年向きの科目で、英語と社会科は少女向きの科目だという強烈な社会的メッセージを受けとる。この傾向に強く反対する女性として、私は多くのフェミニストが偏見を受け入れるのを見ると困惑を覚える(思い出してみると、私は大学時代に男のように考えると言われても、お世辞のつもりで言ったであろうこの言葉に感情を害されるほど、当時の私は十分な意識をもっていなかった)。特に、科学的方法そのものを捨てる動きに、私は背筋が寒くなる思いだ。科学的結論の本質に到達するのに、女性は科学的方法と等しく有効な女性独自の方法をもっているという主張には、多くの問題がある。それは、女性は科学的概念について頭脳を働かすことができないというアンチフェミニスト達の思い上がりを助長することになり、それのみか、男性と女性両方の特徴はもちろん、科学の特徴をもゆがめる。優れた科学者は、業績の中で直感と霊感、すなわち創造性の役割を立証するだろう。しかしそういう非直線的思考が、多くの輝かしい仮説の背後にあるにしても、やはり検証することが必要だ。検証には、科学的手法の適用、すなわち科学的疑問を論理的に論じるであろう証拠を根気強く積み上げることが要求される(残念なことに、創造的な新事実は、誤った発想だと分かることが多い。カール・セーガンの言葉に圧倒的多数の人間が思いつくアイデアは、単に間違っているとある)。明らかに非科学的な仮説を主張するのは、いっこうにかまわないが、もしそれらを検証の場に置くことができないのなら、それは困る。もし非従来型医療が本当に有効なら、その事実を実証することが考えられるべきだ。もちろん、従来型の医療において、健康と病気に関して科学的と信じられてきた事柄も、今まで一度も検証されなかったという同じ弱みがある。医療行為の一部は、風聞と習慣同然のものに基づいている。これらも科学的検証を受けるべきだ。
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