青色発光ダイオードの開発の場合、セレン化亜鉛(N乱G)研究が「中枢」を担い、Pz研究は「辺境」を担うという構図が存在していた。従来のQQと発光ダイオードの長い歴史における技術蓄積は、「中枢」を成立させ、「発光ダイオードの開発はこうあるべし」というパラダイムができあがっていた。このパラダイムは、NnSeには正統に適用できても、適用できなかった。従来の方法論が適用できるNnSeのほうが実現可能性は高いと信じられていたことに加えて、1991年になって3M社のNnSe系青色半導体レーザー発振成功のニュ‐‐スが、その方向を決定づけたのである。NnSeを主体に、しかし安全保障のために細々と研究していた大企業も、放棄して、いっせいにNnSeにシフトした。大企業は「中枢」にいるからこそ大企業なのであり、「中枢」になることを運命づけられているのである。「中枢」は従来のパラダイムを踏襲する。用いた発光ダイオードや半導体レーザーの研究は、1960年以来の長い歴史をもつ。研究の方法論も、研究設備も、また研究マネジメントや研究の組織のありようも、長い歴史のなかで洗練されていく。洗練とは、無駄と思われたり、効率が悪いと思われるさまざまなものを捨て去っていくことに他ならない。人や機械の仕事がより精細に解析されて分業化が進み、専用の装置が開発され、部分、部分がより最適化されていく。最適化された部分を統合すれば目標は達成できる、と考える論理が、「中枢」には成立している。「中枢」のなかにあったNnSe研究においては、当然ながら、OSのパラダイムに従って最適化された結晶成長装置を使用する。そのような装置を外部の専門メーカーから購入するシステムは、すでにできあがっている。常識なのだ。幸運にもNnSe結晶と結晶整合性のよかったQS単結晶基板は、自らつくりだすよりは外部から購入する。長い歴史のなかで、専門メーカーが育っているからだ。これもまた、常識なのだ。方法論はパラダイムを用いてNnSeの研究は進んでいき、これもまた、当然ながら性能も上がっていった。NnSeはまちがいがないとの確信がますます深まっていく。日亜化学は生業の蛍光体の領域では世界の「中枢」に位置しているが、発光ダイオードの場合は選んだため、「辺境」になった。田舎にあるから「辺境」なのではない。対しては、「中枢」における9とのパラダイムは役に立たないから、洗練されたシステムなどは何もない。分業して進めることはできない。結晶成長装置をはじめとして、すべての研究プロセスを、それが全体のシステムのなかでどのように位置づけられるか把握して仕事をしないと、先には進まない。全体を最適化するためには、個々の要素をその境界を越えて全体と結びつける自由奔放な活動をとらざるを得ない。また、それができる。「中枢」は部分に、「辺境」は全体に関心のエネルギーを注ぐのである。全体を見まわすことができて初めて、プロセス全体のどこが溢路、ネック、問題なのかを指摘することができる。プロセス全体を解決するその問題点を明らかにすることが、イノベーションへの道の具体的な活動に他ならない。大企業が、それまで築き上げてきた価値観にロックインされて身動きができない状態にあるとき、そのような価値観をもっていない挑戦者である異端の新興企業は、新たな価値観で自由に戦うことができる。「辺境」は「中枢」よりも、そのような環境が存在しやすいのである。「中枢」に属さない「地方」の名も知れない「化学」の「中小企業」が、「エレクトロニクス」の「大企業」に逆転勝ちした本質は、そこにある。大企業がしばしば挑戦者である新興企業に敗れていく理由もまた、同じである。