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女性がそうして男性を査定している

女性がそうして男性を査定しているように、男性の方だって「この子はちゃんと料理はできるか、金銭感覚はどうか、思いやりはあるか」などと、なに食わぬ顔をして観察しているのだ。そしてお互いにいろいろな利害が一致し、一致しない部分も「この人と家庭をつくるためなら譲歩してもいい」と思えた時、二人は結婚に至るのである。この過程が三ヶ月だったり、二、三年だったり、十年かかったりするのはそのカップルによるだろう。そして多くの人は、この人と結婚するのは運命だったと感動するものだ。私の場合は、運命どころか天が与えて下さった奇跡だと思った。こんなにも理解しあえる(=利害の一致する)人が世の中にいて、一億人以上いる日本の中で知り合って、しかも相思相愛になったなんて奇跡としか思えなかった。その奇跡に私は心から感謝していたし、好きな男の人と結婚できて本当に幸せだった。その気持ちには嘘や偽りはなかった。けれど、今冷静に振り返ってみると、結婚相手に巡り合ったことを奇跡とか運命とかいうのは大袈裟だったなと思う。ただ結婚したい盛りの男女が出会って、共通の友達も多くて、いろいろ話題も合って、お互い家から自立したくて、一応社会人にもなっていたのでここらで結婚してみるか、という、ありふれた話にすぎなかった。もちろん相手のことが好きだから結婚したのだが、どうしてもその人でなくてはならないということもなかったのだ。たかが二十数年で出会える異性の数は、想像以上に限られる。極端なことを言うと、クラスの中でどの子か一人を選んで結婚しなければならない、というくらいの狭い範囲で人は恋愛や結婚の相手を選んでいるのだと思う。そして、そんな狭い範囲の中からでも、案外気の合う相手を見つけられるものだし、クラスの中にどうしても気に入る男の子がいなかったら(あるいは、クラス中の男の子が誰も気に入ってくれなかったら)、隣のクラスに行けば一人くらいは相思相愛になれる相手を見つけられるものなのかもしれないと思う。赤い糸は一本ではなく、一本切れたらまた次の糸をたぐりよせられるのが、二十代の恋愛だと私は思う。もちろん二十代でも、打算のまざらない恋愛や、計算のない結婚をする人はいる。そういう人は何かしらに恵まれているのだと思う。それは生活の心配がない経済力だったり、生活の心配なんかしない心そのものの純粋さだったり、自己犠牲をいとわない献身的な性格だったりとかいうものだ。しかし大抵の人間はそんなに恵まれてはおらず、小さく臆病で弱いものだと私は思う。微力な者同士が力を合わせて生きていこうとするのが結婚で、それはとても普通で自然でたくましくもあるなと私は思う。

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