アーカイブ

インポートに賭けた“舶来屋”の意地

今度は我が国における海外インポートーブランドの歴史に話を移しましょうか。今や世界各国の一流ブランドがメガーブティックを続々とオープンさせ、老若男女を問わずブランド漁りに奔走しているかに映るブランド消費大国・日本。書店の店頭にはブランド・カタログと化した女性誌がずらりと並び、大手有名ブランドの売り上げ比率の人部分を日本人が占めている現在の状況を、半世紀前に一体誰が想像できたでしょう。終戦直後、闇物資で飢えをしのぎ、貧窮した生活を続ける日本人が日を見張るような異質の文化としてのブランド品、それはすべてアメリカ製の商品でした。レイバンのサングラス、パーカーの万年筆、ボタニーの高級紳士服、マグレガーのゴルフ用品…。一般庶民にはとうてい手の届かない、そんな一流品に魅せられたひとりの若い目利き商人が戦後日本のブランド史を大きく塗り替えることになるのです。彼の名は茂登山長市郎、あの銀座サンモトヤマの創業者です。昭和21年、家業のニット問屋サンメリヤス再興のために靴下作りから事業をスタートさせた彼は、父親が営む有楽町駅前の雑貨店に来店する編集者達との縁がきっかけで、PX(米軍専用の売店)やカタログ通販を通して米国製品の仕入れ販売業へと着手。口コミで広がったその評判は当時の映画女優や作家をはじめとする有名人顧客を引きつけ、昭和30年には株式会社サンモトヤマを設立し銀座に店舗をオープンさせます。